memoirs
 「Hugeに繋がる情景」と題し、Hugeにまつわるエピソードを彼の言葉を織り交ぜながら少しずつスケッチしていきたいと思います。
 Scenes linked to Huge -track50-■天地無用


Huge、とある楽譜を天地逆さまにして、ピアノに向かいました。

何フレーズか弾き、ニンマリと微笑みました。BPMを上げ、アレンジを施していきます。それは誰でも一度は、幼い頃、祖父母から聞かされたことのある童謡の楽譜でした。
完成した作品のメロディーとリズムは、まるで廃船寸前のオンボロ宇宙船で地球を出発し、太陽系を飛び出し、銀河系を抜けていく冒険譚を語っているようでした。

「長く骨の折れる旅」と題されたその曲は一昨年、JAXA(宇宙航空開発機構)主催の楽曲コンテストにエントリーしました。惜しくも、2005年愛知万博メインステージでのお披露目は叶いませんでしたが、当ホームページご高覧の皆様方の熱い応援のお陰で、堂々ベスト10入りを果たしたのでした。

ある意味で、この曲は現在のHUGE.STUDIOのテーマソングかもしれません。無事、地球に戻って来られる日はいつの日か!

2007.06.17.
 Scenes linked to Huge -track49-■トランスの達人

Hugeが他界する数時間前、その学友はチャットでHugeと話を交わしていました。MACを買い替えることなど、機材や仕事の話で盛り上がっていました。

リミキサーとしてAvexの同じ釜の飯を食った良きライバル。
「アーティスト名は83keyだよ」Hugeは「トランスの達人」のミドルネームつきでその学友を私に紹介してくれました。
「鍵盤の数は88なのに?」すかさず、ツッコミを入れた私。

04年Huge First Concert。Hugeリミックスメドレーと映像のコラボレーションがプログラムされていました。
一夜限りのHuge's Remixology mixed by 83key。
私たちの依頼に83key君は見事なまでにクールなミックスで応えてくれました。Free&Easy-Huge Heavenly Mix-で始まり、ノンストップで全8曲。最後はDearest-Huge`20011002'mix-で締めくくってくれました。彼がどんな思いで、このミックスを仕上げてくれたのかは推し量ることはできません。

しばらくして、83key君はHugeとの思い出を綴った手記を私たちに寄せてくれました。
「・・・Hugeはみんなの心に残りました。彼の遺したものはみんなのこれからの人生の中でずっと生き続けます」

Hugeの遺作となったFree&Easy-Huge Heavenly Mix-が収録されているayumi hamasaki RMX works from ayu-mi-x5ではHugeを追悼するようにVoyage-83key's Eternal Remix-がラストを飾りました。

2007.06.10.
 Scenes linked to Huge -track48-■幻のHugeオフィシャルウェブサイト

Hugeが夏休みに帰省した折、制作途中のオフィシャルウェブサイトを観せてもらいました。

ディスプレーの文字がクルクル回っています。
私は初めて遭遇したノートパソコンを前に正座し、「スゴイ!カッコイイ!」を連発。
学友のFA君とのコラボ曲の情報で、「FA」という文字が浮かび上がるページがとても印象的だったことを憶えています。

Huge初期のオフィシャルサイトを御覧下さっていた方々もいらっしゃるようですが、当時、我が家にはパソコンはなく、残念ながら閲覧する機会がありませんでした。そのサイトでは、楽曲のみならず、顔写真も添付され、その上、大胆にも自作歌詞までもアップしていたようです。

リニューアル予定のサイト「HUGE GARDEN」は事もあろうに、本人がパスワードを失念したことで、サイバー上に登場することはなく、幻のオフィシャルサイトとなったのでした。

2007.05.19.
 Scenes linked to Huge -track47-■『今、何日?』

私事ですが、さかのぼって、一月に誕生日を迎えました。
憎まれっ子世に憚るのたとえにもあるように、シブトクも半世紀近くもサバイブしてしまいました。
実家の母は手放しで喜んでくれたのですが、バースデーを迎えた心境はbimyou。

最近では末娘が、この私の背中に向かって「お父さん!」と呼びかけた事件は私よりも当の本人がショックを受けたようです。その場は「お父さんふたりいていいやんか」と笑い飛ばしたのですが。

Hugeが生れたのは私が22歳、まだ学生の時でした。あっという間の歳月、、、。

『誕生日かぁ(^^ゞゴメン。日付の感覚おかしくなってて忘れてた。
まぁ44には見えないから忘れてたって事で(笑)。
これからも若々しく元気でいてくださいまし(≧▽≦)』
数年前、誕生日の翌日にHugeからもらったメールです。

昼夜逆転の生活を送っていたようで、当時、電話を入れると、『今、何日?』となんとも奇妙な質問をすることもしばしばありました。仲間内では大食漢で通っていたHugeのこと、「寝食」の食は忘れることはなかったようですが、創作活動に没頭すると不眠不休で、シンセサイザーやパソコンのキーを叩いていたようです。

Hugeが遺した数々の作品はそのようにしてしか生まれ出てこなかったのだろうと考えております。Hugeの時間は「メロディー」「リズム」に姿を変え、今も私に語りかけてくれています。

2007.05.09.
 Scenes linked to Huge -track46-■秋葉原に行く

12月6日。有給休暇をとり、東京秋葉原、「アキバ3Dシアター」に。
デジタルサウンドに関するシンポジウムを拝聴するためでした。シンポジウムはデジタルミュージックコンテストの最終選考も兼ねていました。(残念ながらHugeはエントリーしていませんでした)
日々刻々と進化していくデジタルの世界。Huge音楽の位置を確かめたくて、恐る恐る会場に足を踏み入れたのでした。

「シーケンス、エディット、ディレイ、タイムストレッチ、サンプリング、、、」作品発表とそれに関する質疑応答の中でパネリストの方々から発せられている用語はとても懐かしい響きをもって私の耳に飛び込んできました。

『アタック部分の波形を編集してリバーブをかけて、、、』
Hugeによるデジタル「講話」をよく拝聴させられました。

「エフェクター、ループ、フィルター、ウーハー、ミキシング、アタック、リバースシンバル、サンプラー、、、」


3Dシアターを後にしたときには既に日は暮れていて、真冬の雑踏を抜けながら、

「Huge、来年はエントリーするからね」

2007.01.14.
 Scenes linked to Huge -track45-■ジャックを頭に差し込んで

深夜、Hugeにご機嫌伺いのTEL。
『ゴメン。今、手が離せない』との返事。パソコンに向かっていたようです。
『今、頭の中で鳴っている音は今取り出さないと。グズグズしてると別の音に変わっちゃうから』

頭の中で次々と浮かぶ音を体中に共鳴させ、その音に限りなく近い音を黙々と探り当てていたHuge。
その音が古今東西の如何なる楽器でも奏でられない音であれば、培ってきた技術を総動員し、創り出していました。

ある時、『ジャックを頭に差し込んで、パソコンに直結したい!』とまで言い放ちました。

「あのHugeならやりかねないですね」学友の一人は目を細め大きく頷きました。

2006.12.29.
 Scenes linked to Huge -track44-■ひょっとして

14歳Huge。
ジーンズマニアになっています。
さすがにビンテージものには手が出ませんがリーバイス501を履き古しています。リーバイスヒストリーを自由研究のテーマにも。

そして、ビートルズ。

お小遣いを貯め、一枚ずつCDを揃えていきます。どこから仕入れたのか、JohnとPaulがスタジオ内で交わした会話を再現しながらアルバム録音秘話を得意げに語ってくれました。

『音楽のテストで、クラスメイトを前に♪Hey Judeを原語で熱唱した』ことをしばらくしてから打ち明けてくれました。


ビートルズナンバーならレパートリーは数十曲と豪語する叔父。帰省した折には、二人して夜遅くまで「ビートルズ・カルトクイズ」で盛りあがっていたのはつい昨日のことのようです。


1980年12月8日。
John Lennonは凶弾に倒れました。

1981年10月2日。
Hugeはこの世に生をうけます。


とりあえず、日数は合うけど。

2006.12.16.
 Scenes linked to Huge -track43-■Hugeの仕業?

Hugeが他界してまもなく、不思議な現象が相次ぎました。

電気系統のトラブル。

学友たちの手を借り、パソコン内の楽曲を整理した際、作業終了と同時に、長年愛用していたディスプレイが映らなくなりました。

我が家では洗濯機が、ビデオデッキが、電話機が、次々と故障して行きます。

「寿命だろ」と夫。
しかし、私はひそかに疑っていました。


CDコンポでHugeライブラリを聴いているとき、楽曲に少々辛口な批評を加えたとたん、コンポには本来備わっていないはずのエラーメッセージ「CAN'T PLAY」の表示が。
またある時は「トランスのどこがいいの?」という夫の不用意な一言に
「See you!」の表示とともに電源が勝手にオフに。

それまで「寿命だろ」と鼻で笑っていた夫も、その時ばかりは
「バカヤロー。いるなら出て来い!」

私にとって大歓迎のHugeのいたずらも最近はめっきり影を潜めています。

「大学でイタ語、我が家でイタコ」と冗談半分で霊媒師まがいなことを試みてはみる娘ですが、無論、彼女に霊能などなく、Hugeは一向に降りてきません。


つまらない。

2006.12.04.
 Scenes linked to Huge -track42-■♪kanariya/engrave mix

リミキサーデヴューのきっかけとなったリミックスコンペの経緯は以前お話しさせていただきました。(memoirs-track13-)

浜崎さんのディレクター(当時)T氏より、直々に採用を通知するお電話を頂戴しました。

『ありがとうございます。で、何曲目のリミックスですか?』 『4曲目ですか。わかりました。ありがとうございました』

顔を紅潮させ、最敬礼して受話器を置いたHugeに
「4曲目って何のこと?」と尋ねると
『カナリヤのリミックス、4バージョン作って送ってたから』

リミックス作品で、唯一タイトルに「Huge」の冠がないのはこの♪engrave mix。
『まぁ、アマチュアとして作ったものだから』とHuge。


CD[ayu-mix2 Non-stop Mega mix]の収録スタジオ。

mastering engineerの大御所M氏は♪engrave mixの作品内容に加え、「音」のクオリティーとそのバランスにアンタッチャブルな仕上がりと判断。「ミックス無用!」と賛辞を送ってくださったそうです。

kanariyaに対して制作した他3曲のリミックスを初め、世に出ることのなかったいわゆる「ボツ」作品たちで、「Huge Remixology」を編み楽しんで聴いています。

門外不出。

ヤバいことになる。

2006.11.26.
 Scenes linked to Huge -track41-■ヘッドホンの中の宇宙Part3

プラネタリウム「東急まちだスターホール」の投影開始時刻は平日16:00、土日17:30となっていました。
7月18日までの期間中、夕方になると、私は妙に落ち着かなくなり、60日間というもの「ヘッドホンの中の宇宙」シンドロームにかかっていたのでした。お客様の反応は気になるし、町田のお天気も気になるし。

当初の「毎週末は町田へ!」という意気込みも、実際には、ままならず、地元市役所の16:00を知らせる広報を合図に、
「さあ、始まったよ。Huge、頑張れ!」と東に向け気を送る毎日でした。
新緑の季節から初夏にかけての爽やかな日々は、そんなこんなで過ぎていきました。


さかのぼって、「ヘッドホンの中の宇宙」初日である5月21日。NHKのカメラがプラネタリウムに入り、私たちはインタヴューを受けました。ディレクターからの数々の質問にも「流暢に応答していた」と自画自賛していた夫でしたが、NHKより後日送付していただいたO.A.ビデオでは、残念ながら出演機会に恵まれず、本人はショックを隠しきれない様子。

私の実家、大阪にダビングテープを送ったところ、私のクローズアップに、
「ヤセて見えてるんちゃう?」
「上手いことしゃべってたよ」とビデオ鑑賞会は大層盛り上がったようです。一方、私の脇役に甘んじた夫については全くのスルーで、このことに、またしても本人はショックを受けていたようです。
ま、助演男優敢闘賞ということで。


閑話休題


ヘッドホンの中の宇宙」を告知するフライヤーは夫の高校時代からの友人で、東京でデザイン事務所を主宰している深澤さんに,無理言ってお願いしました。
私たちのイメージ通りの、否、それ以上のカッコイイ、Huge好みのフライヤーを作っていただきました。
ありがとうございました。

2006.11.18.
home