memoirs
 「Hugeに繋がる情景」と題し、Hugeにまつわるエピソードを彼の言葉を織り交ぜながら少しずつスケッチしていきたいと思います。
 Scenes linked to Huge -track20-■シンメトリー

幼少期より、のめり込む性格。
まずはブロックに。
シンメトリー(左右対称)の空間を意識して次々と作品を制作していきます。クルマ、ロボット、宇宙船、要塞、、、。
完成後はしばし、「芸術作品」を満足気に鑑賞。そして一瞬にして『ドッカーン』とばらばらに。一息ついてまた制作に取りかかるのでした。(作品を展示しておくにはブロックの個数に限りがありました)

ブロック卒業後は、ウルトラマン、ウルトラセブン、ウルトラマンタロウ、、、ウルトラの兄弟の仲間入り。ウルトラマンより勇気と正義を学び、頭の中は遠く宇宙に。ウルトラマンごっこでは幾度となく宇宙から飛来しては窮地に陥っている私を救出してくれました。

「ありがとう。ウルトラマン!!」
頬を紅潮させながら、『ボクハ宇宙ヘ帰ラナケレバナリマセン。schwatch!』


パソコンのディスプレイをじっと見入っている。
「どうしたの?」妹が尋ねると
『きれいだなぁ』
映し出されているのはシンメトリーの波形。頭の中では心地よいバスドラが鳴り響いているのでしょうか。目に見えない音を視覚的に捉えること。それはHugeにとって楽しみでもありました。

パソコンにはオリジナル楽曲と共に数多くのデザイン画が納められていました。中でも波形がモティーフのものが多くあり、アルバムジャケット用にと考えていたのでしょう。

ファーストアルバム(Huge's Anthology 001)のジャケットにはHugeの音が作り出した波形をあしらいました。

2006.05.24.
Scenes linked to Huge -track19-■Free&Easy

一風変わったリミックス作品で、業界では「ヒネクレモノ」と異端視されつつも可愛がられていたHuge。

原曲のメッセージを損なうことなく、アーティストたちの魅力を十二分に引き出す事を心がけていたようです。歌詞もHugeなりに解釈し、アーティストたちが歌に託した魂をリスナーに伝えることに重きを置いていました。推測の域を出ませんが、原曲への強い対抗意識があのようなリミックス作品を産み出したのかもしれません。

Huge18歳。コンサート会場、関係者席での一幕。
「一番若いリミキサーさんね。ヨロシク」と声をかけられます。
『はじめまして』
そのアーティストとの初対面でした。

『ヨロシクって言われちゃった。オレ、頑張っちゃいますよ』その夜の電話はいつもより饒舌でした。ふと気づいたのは、そのアーティストのことをそれまでの「さん」付けではなく親しみを込めて愛称で呼び始めていたことでした。何事にも単純明快なHugeでした。

「あゆ」に提供したリミックス作品は足掛け4年に渡り全8曲。

Huge他界後3ヶ月して、1枚のCDが送り届けられます。名付け親になれなかったHugeに代わり、浜崎さんのディレクター(当時)であったT氏がリミックスタイトルを付けてくださいました。

Free&Easy/Huge Heavenly Mix

[ayu-mix 5 non-stop mega mix]に収録されました。

2006.05.19.
Scenes linked to Huge -track18-■Fami-com World

小学校低学年では御多分に漏れずテレビゲームに夢中に。
両肩がコミカルに動いている小さな背中。
『クリアー!』勝利感を味わっている。ちょっと誇らしげな背中。

「ゲームオタク」の行く末を案じていた私たちでしたが、ゲーム音楽がその後のHugeの音楽的嗜好の一部を形成していったのは否めない事実でもあります。

学友たちが発掘・整理してくれた楽曲インデックスの中に♪Fami-com World(ファミコンワールド)とHugeによってそのタイトルを付けられた作品があります。

以前、この作品を皆様に聴いていただく機会がありました。
HugeのそしてHuge音楽の最大級の理解者である37さん。彼女が開設してくれているHugeファンサイト「HUGENESS」(只今休止中)の楽曲試聴コーナーでした。その際、「ファミコン」は玩具メーカー任天堂の登録商標であることを考慮し、Fami-com Worldのタイトルでホームページに掲載することの是非を任天堂に問い合わせました。

任天堂からの回答は「不可」。(担当の方は親切に対応してくださいました)
私たちは不本意ながらタイトル変更という苦肉の策を取ったのでした。Hugeの承諾を得られぬまま。


ファミコンのコントローラーを握る手がシンセサイザーのキーボードに添える手になった頃より、Hugeは日毎に大人っぽくなっていったような気がします。

2006.05.14.
Scenes linked to Huge -track17-■single-eyed

♪single-eyed(シングルアイド)。04年のHuge First Concert in Fujiのテーマ曲であり、05年リリースのファーストアルバム「LEGEND OF ZEPHYR」にも収録されています。制作は17歳秋。

翌春、音楽大学入学者選抜試験受験。オリジナル曲提出を課題として義務付けられていました。
『シングルアイドで勝負(出願)するよ!』 入学願書に音源と楽譜を同封し、投函します。

試験当日、面接会場にはこの曲の制作過程を満面に笑みを浮かべながら解説するHugeの姿がありました。
それまで幼馴染、学友、家族、、、自分を取り囲む様々な人々のテーマを曲にしてきたHuge(track4)。このsingle-eyedは自分のために書き下ろしたテーマ曲だったかもしれません。

『願書投函の瞬間に、合格を確信しましたね』合格通知を手にはしゃいでいるHugeがいました。もしアウトだったら何て申し開きしたのでしょうか。

担当教授として指導していただいたF先生から後日、面接時のHugeの様子を伺うことができました。
「自信に満ちた笑顔が印象的だった」と。


single-eyed、「ひたむきに」の意。

2006.05.07.
Scenes linked to Huge -track16-■幻のホーミー

Hugeがホーミー(モンゴルの伝統的発声法である倍音唱法)の達人だったことはあまり知られていません。

テレビの特集番組でその摩訶不思議な声色を耳にしたHuge。声帯を損傷するのではと危惧するほどの猛特訓の末、ついにモノにします。『ひょっとしてオレって、ホーミーイスト?』
私の耳に聞こえたそれは二つの声を同時に出す、まさにホーミーでした。

時は経ち、Huge上京後の出来事。その日は楽曲の納品日。クライアントと池袋で待ち合わせしていました。外国ミュージシャンたちのストリートパフォーマンスに遭遇。「さて、次はモンゴルホーミー」というところで定刻となってしまいます。後ろ髪を引かれる思いでその場をあとに。結局、Hugeは生ホーミーを耳にすることはできず、Hugeホーミーの真贋を確かめるチャンスを逸したのです。既に中学時代、その容貌に、「君は典型的なモンゴリアンだね」と地理教師からお墨付きをいただいていました。当時、本人は満更でもない様子でした。

因みに、容貌と言えば、「浅野忠信、東山紀之、高橋由伸、クォン・サンウを足して4ではなく5で割り、隠し味に今を時めくモンゴル出身力士大関白鵬が入っている」とは私の血族複数人の満場一致によるHugeの素顔のモンタージュ。

生Hugeをご存知の方々、私ども血族の欲目に対し、何卒寛大なるお目こぼしを。

2006.04.29.
Scenes linked to Huge -track15-■レコードの山に埋もれて

Huge14歳。コンピューターを介して、音楽を始めたばかりの頃です。
ある日、家の階段を何往復も昇り降りし、両脇に何やら抱えて自室に運び入れています。
年季が入ったジャケット、溝があるのかも疑わしい古びたレコードです。
Huge、「ひきこもり」ます。

レコード盤に針を落としては次の曲へ。裏返してはまた針を落とす。その作業が延々と繰り返されていきます。レコードに埋もれながらヘッドフォンを被ったHuge。その怪しい姿に家族は 「・・・?」

そして数日後、『あった!』聴かせてくれたのは何の変哲もないドラム音ひとつ。「DON!!」
その「DON!!」との千載一遇を求めて何日間も篭城するのでした。

サンプリングしたドラム音を聴きながら、
『この音でドンブリ飯3杯はいけるネ』

2006.04.26.
Scenes linked to Huge -track14-■甦った名曲

伝い歩きもまだ覚束ない0歳Huge。
ターンテーブルの上で黒く光りながら回転するレコード盤に興味深々です。ふっくらとした小さな手が伸びました。
「ザクッ」凄まじいスクラッチ音。お宝レコードは深いキズを負います。
焦る父親。
傍らで小さなDJはゴキゲン。


進学を機に故郷を離れる際、Hugeは数枚のオリジナルCDを作成し家族に残していきます。今度は父親が不注意からその一枚にキズをつけ再生不能に。
焦る父親。
CDはその後、本棚の片隅で三年という時を過ごすことになります。


父親は「秘密」を家族に打ち明けました。「別に隠しておくつもりはなかった」そうです。

しばらくして、Hugeの叔父はその見るも無残なCDを手に取り、「ひょっとすると、これ復活するかも!」早速、CD研磨専門店を探し出してくれました。数週間後、キズが癒えたCDを受け取ります。家族は襟を正し、再生。
聴こえてきたのはビートルズのあの名曲、♪BLACK BIRD。それもHugeアレンジで。CDは見事に甦ったのでした。

叔父は帰省する度、幼いHugeにいろいろな曲をギター弾き語りで聴かせてくれていました。
「刻んでるこのリズム、ポールじゃなくてオレのだ!」目を潤ませている叔父がいました。


一方、Al HaigのLPには20数年たった今も、半径rを図示するかのように一本の線がくっきりと彫られています。

「ある意味、家宝かな」と父親ポツリ。

2006.04.20.
Scenes linked to Huge -track13-■刻み込む(engrave)

CDアルバムのシュリンク包装に貼られていた一枚の小さなステッカー。それには浜崎あゆみさんの「リミックスコンペ」の応募要項が記されていました。
Huge18歳、秋。エントリーを決意します。

高校の卒業式の翌日。浜崎さんの前ディレクターT氏より「採用」の電話が入ります。吉報にHugeが狂喜乱舞したことは言うまでもありません。『これでやって行くってことでいいんだよね!?』とHuge。


Huge他界後、クラスメイト、ノリオ君よりお手紙をいただきました。

ノリオ君の目に映った高校時代のHuge像。
観客はノリオ君とテラさん二人だけの音楽室ピアノミニライブ風景。
かねてより浜崎さんファンだったノリオ君が「kanariya」のコンペ応募要項をHugeに手渡した経緯、、、
手紙は便箋何枚にもわたり、その一字一句は私たち家族を優しくいたわりながら綴られていました。


採用作品♪kanariya/engrave mixは[ayu-mix 2 Non-stop Mega mix]に収録され、2000年3月19日リリース。
Hugeは聴く人の心に「触れる」だけではなく、「刻み込む(engrave)」音を追いかけ始めたのでした。

ノリオ君やテラさんのような心根の優しい、思慮深い若者たちがHugeの人間形成に、音楽世界に大きな影響を与え、愚直なHugeを応援し、成長させていって下さったことに感謝しております。

2006.04.15.
Scenes linked to Huge -track12-■コスモスと自衛官

『テラさんのテーマだ』とHugeが言っていたオリジナル♪tiny cosmosは私が気に入っている曲の一つです。「テラさん」はHugeがとても親しくしていた高校時代のクラスメイト寺田君。テラさんは現在、自衛官をしています。

この曲を聴くたびに、可憐な小さなコスモスが何故、体躯頑健な自衛官のテーマなんだろうと不思議に思っていました。

しばらくして、その謎が解けました。cosmosには二つの意味がありました。♪tiny cosmosは小さなコスモスの花ではなく、小さな宇宙、つまり地球(テラ)のことだったのです。

新盆が明けた初秋。そのテラさんが焼香に駆けつけてくれました。インド洋から戻ったばかりだということ。礼儀正しく、快活な好青年テラさんと、ひとしきりHugeの高校時代の話で盛り上がりました。秋桜ならぬ向日葵のようなテラさんの微笑みに久方ぶりに心が和んだひとときでした。

2006.04.10.
Scenes linked to Huge -track11-■♪nobody else came to

track9、10の♪solar eclipseにしろ、track3の♪SUNDAY MORNINGにしろ、そのタイトルに導かれるように私はこれまで一日一日過ごしてきました。

ほとんどのオリジナル曲にはタイトルが付与されています。

♪nobody else came to 「他には誰も来なかった」
では誰が来たの?そしてどこに?

♪reason for... 「...の理由」
一体何の理由なの?謎は深まるばかり。
あれこれ考えながら楽曲タイトルを読むだけでも半日は潰せます。

♪nobody else came toは高校生バンドに演奏してもらいたいとても元気がでる明るい曲。Hugeは歌詞もいろいろ書いていたようですが、残念ながらこの曲の歌詞は今のところ見つかっていません。40オバサン(読鯖)のこの私が高校生気分で歌詞を書いていいものやら。でも、大声で歌ってみたいという衝動に駆られます。

「大声で歌ってみたいという衝動」だけならHugeの名誉を著しく毀損することにはならないのでは?

2006.04.01.
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